ぱらげって誰?

「年功序列主義」から「実力主義」社会になりつつある時代で、我々はどのように歳をとっていくべきか

仕事

自分含め、歳をとることに漠然とした不安を感じるすべての人へ

 

木下優樹菜のトラブルからみる年上に対する深層心理

ぱらげです。

タレントの木下優樹菜(31)が、姉のバイト先であるタピオカ店のオーナーとトラブルになったことは記憶に新しいですね。彼女がオーナーに送った恫喝メッセージが世に拡散され炎上、活動自粛を余儀なくされてしまいました。

実際のメッセージがこれ↓(※一部抜粋)

<弁護士たてて、法的処理、いくらでもできるからこれからの出方次第でこっちも事務所総出でやりますね。>

<いい年こいたばばあにいちいち言うことじゃないと思うしばかばかしいんだけどさー
嘘ついちゃって、あとひけなくて、焦ってるのばればれすぎだから、今のうちに、謝るとこ謝るなり、認めるとこ認めて、筋道くらいとおしなよ>

<もーさ、やめなぁ?覚悟決めて認めなちゃい おばたん>

最初これ見た時は「ん?」と思いました。率直に、30代の女性が他人に使う言葉じゃないだろ…と。

ただ、実は木下優樹菜は同じ中学の先輩であり地元も同じであるという共通点から、インスタをフォローしたり陰ながら彼女の活躍を見守ってきました。

彼女は彼女で、家族愛や正義感がとても強くて、きっと感情のままに行動してしまったのだろうなぁと感じます。同時に、以前から持ち合わせていたチンピラ風情も露呈してしまったのだろうと。

事務所総出でやりますねって…ヤクザか!ww

しかし、どのような背景があるにせよ権力を盾に相手を脅すのはよろしくない。というか品がない。
あと何と言っても、「いい年こいたばばあ」「おばたん」などと年上の人をバカにした表現、これについては世も黙っていないだろうと。

30代の自分も、20代そこそこの人から実際にそのように罵られたら傷つきます。

自分よりも年上の人やシニア層に対して、そのような冷たい眼差しを向けバカにしているのではないか。これが若者の深層心理なのではないか。

今回のような木下優樹菜の年上の人に対する表現でどうしてもそんな風に感じてしまい、ずっともやもやしていました。

というのもですね、
今までの社会なら、新卒で入社した会社の先輩や上司から仕事を教えてもらい、数年経ったら自分が新人に仕事を教える、時とともに役職を得て偉くなっていく、という綺麗な年功序列の仕組みができていました。
しかし、今はインスタやユーチューブなどからもわかるように「個性」を売り、活躍の幅を広げている若者が増えてきました。転職も盛んになり、フリーランスとして働く人も増えてきました。
要するに実力主義の時代がきたのです。

年功序列社会では年上を尊重する風潮があるのも納得できますが、これからの実力主義社会では若い実力者がより目を引くようになると思ってます。

「年上というだけで無条件に尊敬される社会ではなくなる」

もやもやした結果、それじゃあ我々はどのように歳をとっていけばいいのか?を自分なりに少し考えてみました。

 

実体験

実は実力主義社会を強く感じた体験があります。
自分は今年31の歳ですが、同時にキャリアを大きく変えた年でもありました。

・給料単価が高め
・リモートワークを取り入れたり、ライフスタイルに合わせて働きやすい

これらの傾向を鑑みてエンジニアという職種に切り替えたわけですが、転職活動やツイッターなどからこの職種について情報収集していくうちに、早々にプログラミングを習得している大学生や意識の高い優秀な10代20代が数多く存在している点に衝撃を受けました。

かたや私はと言うと、
30過ぎの子持ち女で、プログラミングは未経験。数多くのプログラミングスクールが乱立していますが、目を付けていたいくつかのプログラミングスクールからは30代以上であるとのことで受講を断られてしまいました。

IT業界というのは、スタートの段階から年齢の足切りがあるという厳しい業界なんですね。ただそれって、今に始まった話ではないし他の業界でも同じようなことはありうる。

 

我々はどうやって若者と戦っていけばいいのか

これからの時代は、さらに「実力主義に年齢は関係ない」という前提が加わります。

どれだけ若かろうと実力があればどんどん活躍していき、年上だからといばり散らしているような人はどんどん淘汰されていきます。

表面的なことだけ言えば、
「自分と同じスキルを持った若者と競ったところで勝てやしない」
という考え方もできます。

そんな厳しい世の中で、我々はどうやって歳をとっていけばいいのでしょう。

自分なりに悩んだ結果、実は年下だからとか年上だからとか勝ち負けなどとは関係ない、シンプルなところにヒントがあるのではないかという結論に至りました。

・組織や社会の中で自分の役割を見出せるか

なんとかとあるSES企業に拾ってもらった自分は、はれてエンジニアとして仕事を開始しました。
その会社での自分は、ぶっちぎりで最年長。

そんな立ち位置の自分でも、はたまた現場に投入されれば頼まれる仕事は資料作成のみ。エンジニアとして入ったにも関わらずですよ。

すぐ隣でゴリゴリとコード書いている開発チームが羨ましくて指をくわえながら、自分は朝から晩までエクセル資料とにらめっこ。

”あの新卒はあれだけ手取り足取り教えてもらって仕事もいいポジションについていて、ムカつく”
”なんで自分はこんな雑務をやらなきゃならないんだ”
”なんで自分は周りから気にかけてもらえないんだ”
”なんで自分は…”

当時実際に自分の心の中に渦巻いていた負の感情です。
皆さんももしかしたら、同じような悔しい思いを味わったことがあるかもしれません。

ただ、一旦このようなネガティブな感情は片隅に置いておくことをおすすめします。
そんな感情を抱いていたってなんの解決にもならないからです。

自分の場合、一旦余計な感情を封鎖して冷静になり、ただひたすらに自分のやるべきことについて深掘りをしてみました。

「自分が依頼された仕事は、どんな目的で、だれの役に立つのか」をもう一度考える

「ひょっとするともっと見やすくなるようにこんな項目が必要かもしれない」

「ここはマクロで自動化できそう」

「空いた時間でこんな補足資料を作った方がいいかも」

「こんな分析データがあるといいかも」

このように少しずつ、作った資料を利用する人のことを想像してみると、自分のやるべきことが見えてきます。そうすると不思議なことで、今まで抱いていた負の感情というのが消え去り、使命感が沸き起こって心地よい気分になってきます。
これは資料作成に限ったことではなく、全てに言えることだと感じています。

・与えられた役割を楽しめるか

周りにこんな人いませんか?

・なんだかいつも真剣で楽しそう
・堂々とチームや周りに自分の考えを伝えている
・年上年下関係なく周りから学んだことを自分の行動に取り入れている

これまでいくつかの職種を体験してきましたが、このような人ってどこの職場でも一人は必ずいて、それでいてみんな輝いている気がするんです。
もちろん、職場だけではなく何かのコミュニティや地域、家族などいろんな状況に当てはまります。

そして、そのように感じられるのは決して「若いから」とか「年上だから」という理由ではないはずです。

言い換えると、このように自分の役割を楽しみ輝ける人は、どんなに歳をとっても「最強」なのではないでしょうか。

ちなみにその後の自分はというと、なんとか開発チームに加わることができ、今は制作スケジュールに追い詰められながら日々仕事しています。
しんどい部分も多いけど正直今、自分史上最高にやりがいを感じられています。

 

まとめ

そもそも、歳をとることはそんなに悪いことなのでしょうか?

確かに、若いというのは素晴らしいことですよね。
肌は髪はピチピチだし、体力もある。
私のようにちょっとやそっとの気圧の変化じゃ体調なんて崩れない。

けれど、歳を重ねる度に良い事悪い事含め人間は学んでいくことができます。

時に息をすることさえ困難なぐらい、生きることそのものに厳しさを感じる時もあります。
我々はそんな日でさえも1日1日を少しずつ、歯をくいしばって乗り越えてきたのではないでしょうか?

そのように考えると「年齢 = 生きた証」であり、本来なら歳を重ねることそのものが尊いことのような気がします。

年上が無条件に尊敬された年功序列の時代から、若者でも実力があればもてはやされ活躍ができる実力主義の時代に変わろうとしている今、「年上だろうが油断しちゃいけないよ」という考え方ももちろんあります。

しかし、「時代が変わっても自分の役割を見失わなければどんなに歳を取ろうと道は開ける」という考え方を信じ、残りの人生もポジティブに生きていけたら最高だなぁとつくづく思っています。

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